紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

炎の蜃気楼昭和編を読んだら炎の蜃気楼本編をもう一度読みたくなった話。

それはたぶん奇跡だったのだ。

まだはじまったばかりの炎の蜃気楼昭和編が泥沼で終わるのは、本編で語られている。 泥沼の終わりから、景虎と直江がいかに関係を再生、発展していくのかというのが本編の醍醐味である事を考えたとき、改めて1巻で2人が出会えたのは奇跡だったのではないかと思うようになった。(出会わなければ話がそもそもはじまらないというツッコミはこの際なしにしよう)。

そもそも、直江は泥沼後、この世に換生するわけだが、幼少時に色部さんから景虎の生存は絶望的であるという通牒をもらう。 直江の橘義明としての最初の絶望である。 大人になった直江が、色部さんを見舞うとき、景虎を思わせる少年が夢に出てきた。彼のそばに行かなければならないという。 色部さんは直江がどうかしたのではないかと思うけれど、そういう希望を抱かねば生きていけない直江を哀れんだのだった。

もう愛とは呼べない、様々な想いが混ざり合って本人ですらそれがどういうものかわからない感情を抱きながら、直江は景虎を探しながら怨霊調伏に奔走していた。

長野で怨霊の動きがある――調査に乗り出した直江は、最初譲に目をつける。そして偶然的に(それはたぶん必然だったけれど)高耶さんを見つける。そして直江は気づく。高耶さんが記憶を亡くした景虎だ、と。 まぁ、魔縁塚を壊したのが高坂あたり、二人が出会うように故意に仕向けられていたのかもしれないけれど、何にせよ二人は出会った。そして、長く深い物語が始まるのだ。

未来に可能性を信じた景虎が換生しなければ、景虎の生存を直江が信じ続けなければ、二人は出会えなかった。 泥沼が泥沼のままで終わってしまうところだった。

これを奇跡と言わずに何と呼ぶのだろう。

そんなことを考えていると気持ちがカーッとなって、また本編読みたい! という気持ちになってきた。とりあえずは1巻から。

炎の蜃気楼(ミラージュ)(1) (コバルト文庫)
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