紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

身を焦がしたいとき

炎の蜃気楼直江信綱や絶愛の南条晃司に愛されたくはないけれど、彼らの愛し方はとても好きで、身を焦がしている彼らにシンパシーして、身を焦がしたくなることがまれにある。

彼らの愛は、独占欲、激情、憎悪、信仰、祈念、願望、救済、色んなものが混ざっていて一概に愛とは呼べないのだけれど、愛と呼ぶしかない、そういうものだ。

彼らの想いは純度が高く、まるでマグマのよう。独特の赤い色に魅せられても、その熱さゆえに触れることはかなわない。巻き込まれたら炭化してしまう。

マグマを生むにはとてもエネルギーがいる。そして、彼らは惜しげもなくその愛にエネルギーを注いでいる。 死んでも執念で生き返ったり、腕を切り落としてもそばにいたいなんて、狂気の沙汰だ。

狂気の沙汰なのに、惹かれてしまうのは、きっと手の届かない美しいものを見たいと思うからだ。彼らの想いの純度に、心を引き裂かれたいと願うからだ。彼らの想いがもたらす痛みがとても甘美だからだ。 その痛みを思うとき、生きている気がするからだ。

疑似体験だ。本当の痛みではない。本当に人を思って本当に傷つく痛みでない。 だから思いをのせるのかもしれない。つかの間のシンパシー。

今日も彼らがつむぐ「愛している」の言葉の裏に潜む様々な感情を思って心を痛める。

この心の痛みを、あなたと共有できたらいいのにね。