紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

【駄文】僕が望む天上へと

 僕は自分の意志で汽車に乗った。
 ポケットにはどこまでも行けるチケット。それを使って僕はどうしても行きたい場所へと旅立った。
 途中、白鳥座ステーションで降り、あの日したようにクルミの化石を拾った。汽車に戻るとそれはあの日のように風化して消えていった。
 鳥捕りにあった。あの甘いお菓子のような鳥をくれた。変わらぬ美味しさに頬が緩んだ。
 窓の外には三角標が流れていった。あの日摘めなかった竜胆。ステーションで摘んで、カバンの中にそっとしまった。
 ケンタウルス、サソリの火、サウザンクロス。あの時はそばに彼がいた。少女がいた。その弟も。けれど今、僕は一人でそれらを眺めている。
 石炭袋。空の穴。
 ああ、やっとここまで来た。ここまで来れた。
 僕は意を決し、立ち上がり、汽車を降りて、暗闇の中へ。あの日見えなかった、彼の天上へ。
 一度深く瞑目し、それから目を開けた。電信柱が二本寄り添うように立っている。
 ここは天上だ。強く心の内で思う。
 ここは天上だ。強く強く心の中で唱える。
 暗闇の中を一歩ずつ歩く。ふいに風を感じて、ボーラーハットをそっとおさえる。コートの裾が風に踊る。風が、清かな花の匂いを運んでくる。
 目を上げる。暗闇がやがて光に塗り替えられ、豊かな自然に満ちた大地が現れた。
「ここが…」
 暗闇だと思っていた足元は、田んぼのあぜ道だった。すぐそばの田んぼでは、重く垂れた稲穂が風にそよいで、微笑んでいる。遠くには野山が。見渡す限りの農地が、僕を出迎える。
 景色に見とれながら歩き続けると、一際豊かな畑についた。
 一人の青年が丹念に畑を耕している。玉のような汗を浮かべ、けれど笑顔で、昔どこかで聞いた歌を口ずさんでいた。
 青年が顔を上げる。僕に気付いたらしい。僕の顔をみて、瞬きし、それから満面の笑みを浮かべた。
「ようこそ、僕の本当の天上へ。…久しぶりだね、ジョバンニ」
 ジョバンニは泣き笑いを浮かべると、帽子を脱いで、胸元にあて、青年に向かって一礼した。
「久しぶり、カムパネルラ。また会えてうれしいよ」
 ジョバンニの元に、カムパネルラが駆け寄り、二人は軽い抱擁を交わした。そして離れると互いに笑顔になる。
「よくここまでこれたね、ジョバンニ。あの日この場所は君には見えなかったというのに」
 そう。あの日。偶然的にあの汽車に乗り込んだ僕は、友達のカムパネルラと一緒に旅し、みんなの本当の幸いと、どこまでも一緒に行くことを誓いながら、石炭袋でカムパネルラを見失い、別れを迎えた。
 それから僕は、みんなの本当の幸いのために邁進することを誓い、働き、いろんな思想を学び、いろんな人に出会い、そして、あらゆる神様の、あらゆる人々の、あらゆる天上の存在を知った。そして今度は自分の意志で汽車に乗り、旅をし、あの日見えなかったカムパネルラの天上を見つけることができた。
「ここにこられるかどうかは一種の賭けだったけれど、君にまた会えてよかったよカムパネルラ。君があの日教えてくれたんだ。人の数だけ、天上があり、みんなゴールが違うことを。ただひととき寄り添って、同じ夢を見ることが人にはゆるされていることを。そして、他人の視点を理解し、受け入れることができるなら、その人が見ている世界を垣間見ることができるかもしれないということを」
 それは今証明されたね。ジョバンニが微笑む。
「僕は僕の天上を、僕の理想の場所を今作っているんだ。そこには僕を慕う人が集まり、一つのコミュニティのようになっている。それで、僕はいつしか、君の作った理想の場所を見たいと願い、こうしてやってきた。君の天上――理想の場所も、僕のところと違わず、素敵なところだね。カムパネルラ」
 その言葉にカムパネルラが微笑む。
「そうさ、ジョバンニ。あの日君に見えなかったこの場所だけれど、こうして見えてみれば、僕が本当の、といった意味も分かるだろう。まだまだ改良の余地はあるけれど、毎日毎日少しずつ、最良になるように願いながら、ここで僕は頑張っている。…君も君の場所で頑張っているんだろう、ジョバンニ」
「ああ、カムパネルラ。僕も頑張っている。君が言うように、歩んでいるこの一歩一歩が最良に続く道であるように頑張っている。…頑張っている君に出会えてよかった。君の天上が見えてよかった。石炭袋で見えた2柱の電信柱が寄り添っていたように、僕等もまた違う場所にいながら同じ理想に寄り添えることを知れてよかった。
 すばらしい旅だったよ、カムパネルラ」
 そうか。とカムパネルラが頷いた。そして顔をくしゃくしゃにしながら笑った。僕の家に寄っていくかい。母さんを紹介しよう。妻も子供もできたんだ。そういいながらジョバンニに向かって、手を伸ばす。
 その手を懐かしむように見ながらジョバンニは、首を横に振ると、帽子を再びかぶり、駅の方を指差した。
「僕は帰るよ。僕の場所へ。僕の天上へ。そこで、またみんなの本当の幸いのために働く。時間が惜しんだ。やらなければならないことが沢山あって」
 これを。ジョバンニはカバンの中からステーションで摘んだ竜胆を取り出すと、カムパネルラに渡した。
「あの日、摘めなかった、君に渡せなかった竜胆だ。これを受け取ってくれるかな」
 カムパネルラは花を受け取ると、大事そうに抱きしめて「ありがとう」といった。
 それだけでジョバンニはもう十分だった。
 ジョバンニは踵を返すと、駅の方へずんずんと歩いていく。たびたび振り向くと、手を振っているカムパネルラと目が合った。嬉しくて口元がほころぶ。
 前を向く。また闇だ。その中をずんずんと歩く。駅のホームにつく。汽笛が聞こえる。
 汽車に乗り込む。あの日見えなかったカムパネルあの天上がまぶしく輝いて見える。ジョバンニは微笑んで、人生という旅の途中で、もう一度、カムパネルラに会えた僥倖に感謝し、自分も自分が望む本当の天上へと行けるように、願ってやまないのだった。