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紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

ファタモルガーナの館をクリアしたので雑記

ファタモルガーナの館
ファタモルガーナの館
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いや、さすがにそこまで悲劇はないだろうと思っていたのに、悲劇に次ぐ悲劇で、最後まで救いがなかったらどうしようと真剣に考えました。

結局のところ、一番救われたのはミシェルとジゼルで、それが良かったと思ったのも事実で、最後の美しいスチル観た瞬間涙を流したのも事実ですが、モルガーナは最後まで救われなかったなと。

モルガーナが救われていないじゃんという激烈なブログを書いていらっしゃる方をお見かけしたのですが、確かにクリア後改めてその方のブログを見るとごもっともだなと。

最終章でミシェルがモルガーナが死ぬ3日前に飛ばされて、そこでメルと東洋の男と領主の真実がわかったところで、奇跡が起きて魔法のようにあの惨劇がなくなるということはない。 過去は変わらない。

だから、ミシェルが見た3つの物語も、たぶん結末は変わらない(2週目していないけれどそんな気がする)。

この物語はファンタジーなのだけれど、物語の進み方は現実(それも救いがないほど残酷な面を孕んだもの)そのもの。

奇跡、聖女、半獣、天使、悪魔、なんて聞くとなんてファンタジーモチーフなんだろうと思うのだけれど、ファンタジーの意味でつかわれているのではなく、厳しい現実をそういうあやふやな言葉で塗り替えているだけに過ぎなかった。

だから、空想めいた救いはどこにもない。悲劇しかない。悲劇しかなくて、モルガーナの物語なのに(途中でミシェルとジゼルの物語になったけれど)、モルガーナは救われない。

でもそれが普通なんじゃないか。 度重なる裏切りに見舞われ、非道な行為を続けられ、それでも人を愛おしみ続けることなどできるわけがない。 ただ彼女が聖女であるということで自分を保っていたから(最終的にはその聖女である自分を白い髪の娘として切り離してしまうけれど)、最後にはミシェルにほだされて、もういいと思ったのではないか。

瞋恚の鬼という言葉がある。 燃え上がる炎のような激しい怒り・憎しみを抱いて、自分を死に追いやった相手を末代まで祟る鬼。けれど、鬼自身も常に業火に焼かれ、苦しまないといけない。

モルガーナはずっとその身を瞋恚の炎の焦がしていた。 憎い相手がいて、その魂が再び自分のもとへ(館へ)、舞い戻ってくるのを何百年も待ち続ける。その間憎しみを保持し続けることがどれだけ苦しいか。自分が受けた残虐な非道を忘れることなく、それを糧にして憎み続けることの、どれだけ哀しい事か。

きっと、モルガーナは、憎み続けることに本当は疲れていたのではないかと思う。だからやっと魂の欠片を集めて、今度こそジゼルを助けるためにやってきたミシェルを館に入れることを許可したのではないか。

心の奥底では、憎しみが終わることを、それをミシェルが終わらせてくれることを、願ったのではないか。 そんな事を思ってしまうのです。

結果的に、モルガーナの悲劇にまつわる人々の魂が解放され、モルガーナも解放され、ミシェルもジゼルも、ミシェルの二人の兄さえも解放され(ドアの外でディディエ兄の亡霊がいた瞬間目の前が暗くなりました、本当に。終われるのこれ、って)、現代に転生し、新たな物語の始まりを示唆してくれた。

ミシェルとジゼルは魂の記憶を持ったまま、再び巡り合った。その瞬間泣いた。やっと出会えたと。でもそれはミシェルとジゼルの物語の終わりで、モルガーナが普通の少女のように生きて、幸せになりました。もう誰も憎んでないですっていうのはない。

だからクリアした直後はとりあえず大団円でよかったと思ったけれど、モルガーナの心を思うと切ないのです。

どうか、転生したさきで、普通の少女のように生き、誰かと恋に落ちて(ヤコポだったらいいな)、モルガーナは憎しみに縛られていた年月を塗り替えるほど幸せになってほしい。それがたやすく叶う願いではないと知りながら。

いやぁ、ふらっと本屋で漫画を見つけて読んで続きが気になって、体験版に手を出し、そのあと製品版をコツコツプレイし、やっと終わったので感無量です。

ので、あとは設定本を買ったり音楽がとても好きなのでサントラ買ったりしようと思います。 あとファンディスクもでるそうで。たのしみです。

エンドその後のあきれるほどあっちあちのミシェルとジゼルがみたいかも。 あと、ヤコポがモルガーナ追いかけたり、ユキマサがポーリーンに恋に落ちたり、兄妹でなくなったメルとネリーが恋人になる話。

やはり、悲劇よりも喜劇の方が、みんな幸せになった方がうれしいので。

ここまで読んでくださりありがとうございました。