紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

炎の蜃気楼散華行ブルース ありがとうございました!(ネタバレ感想)

27年続いた炎の蜃気楼シリーズが
炎の蜃気楼昭和編散華行ブルースをもって環結しました。
(ここからはネタバレを多く含みますのでご注意ください)
完結でなく、環結なのは、昭和編のラストが信長と景虎のバトルでおしまい、ではなく、景虎様が様々な使命と思いをもって、仰木高耶に換生し、直江と出会うときまでを書ききったからです。
昭和編ラストが本編最初に見事につながりました。

本編一部の直江を苦しめた景虎様の、「おまえだけは永久に許さない」という言葉の意味について、このブログで色々考察を書きましたが、結局のところ発作的(咄嗟)に出た言葉ではなかろうかと。
美奈子が身ごもったことは晴家に聞かされて知っていたから、
強姦という景虎様が最も恐れている行為を受けた美奈子を、慰めて癒やして、許しを乞う、それが景虎様が直江としたいことだったのに、その機会を自分の換生のために奪われる(美奈子の命を奪う)。
まだ何も伝えられていないのに。
だから景虎様の絶望は深く、とっさに直江を罵るしかなかった。もしかするとおまえというのは自分自身に向けてはなった言葉かもしれない。
美奈子の体の記憶は、どれも優しくて、直江も景虎も恨んでなくて、だから余計に景虎様は辛かったのだろうと思います。
美奈子の記憶にやさしいものしかないという描写で、ほんとうに美奈子は菩薩か何かだったんだろうなぁ。
まあ、私の個人的な感想ですけど。
けれどその言葉は、直江にとって恐ろしい呪いになってしまった。
四百年の主従の信頼も何もかもを失った、最後通告。そして激しい戦闘の中、直江も命を落とし、景虎を見失い。
直江にあるのはもはや絶望だけで。
それなのに、また世界に生まれなおして、必死に景虎を探す。
どうして求めていたかは、アウディノスを読み返せばわかるのではないかと思うので、ここでは割愛します。

今回のクラキホトリで、今度こそ景虎の内なる思いを知れました。
魂核寿命は、高耶さんに換生するまえに、本当はわかっていたことなのかもしれない。
加瀬の時の魂の揺らぎ、破魂波の衝撃を受けて傷ついた魂。
けれど、直江の悲憤があまりに強かったから、クラキホトリから見つめていた景虎が、
(もしかするとそう長くいきられないと無意識に知りながら)
景勝を見守る使命のために、そしてなにより直江の苦しみを癒したいという思いから、
換生を再び選択し、ただし、今までの自分のままだったら、直江にも夜叉衆にも会えないと、記憶を封印して
新しい関係を築いていこうとする。
その思いにどれだけ泣かされたか。
記憶がないことで、自分が景虎であるか疑った高耶さん、記憶がないことが直江を苦しめていると煩悶した高耶さん、
けれど、真っ白なあなたは、景虎が、希望に膝を屈し、希望に降伏したその姿なのだから、
誇ってよかったんだね。記憶がなくても、記憶がないからこそ、直江を素直に想う自分を赦せたんだね。
すべてを放棄しようとした直江に、「オレたちの最上のあり方」を問うたあなた。
霧の山荘で、おまえの苦しみを癒したかったといったあなた。
虹の泉で、直江の言葉を受けて、もう悔いはないとほほ笑んだあなた。
すべて、直江の苦しみをもう癒せたと分かったから、その生が終わっても悔いがなかったんだね。
そうおもうと、昭和編からの本編が、愛しくてたまりません。
こんな素敵な物語を生んでくれて、水菜先生本当にありがとうございました。

あとがきで、本を手に取れば、何度だって景虎や直江に会えると書いた先生。
そうですね。なんどでもなんどでも、本を開けば、その時々を、自分たちの最上を求めてあがいて生きる彼らに、
出会うことができるんですね。
物語は死なないんですね。生きてずっと、心を支えてくれる。
炎の蜃気楼は、私の青春でした。
祈りであり、願いであり、信念であり、理想でありました。
愛していました。
これからも愛しています。

2017年12月27日。環結の次の日に。