紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

たわごと

人は結局、一人で生きていかねばならない。
そのことがようやく身にしみて分かった。
家族がいる、友人がいる、恋人がいる。
けれどいつかは別離がやってくる。
生まれてから死ぬまで、一生添い遂げるそんな伴侶はあり得ない。
それを私がかつて焦がれた銀河鉄道の夜のカムパネルラが教えてくれた。
そんな話を今日はしようと思う。

幼いころ、銀河鉄道の夜を読んだとき、
なぜジョバンニがカムパネルラとどこまでも一緒に行けないのか疑問だった。
ジョバンニが特別な切符を持っていたから。それもある。そもそも生者であるジョバンニと死者であるカムパネルラは相いれない世界に属していたから。それもある。
けれど納得できないのだ。
ブルカニロ博士がジョバンニに、これから共に歩むすべての人がカムパネルラといった所で、なぜ、たった一人のカムパネルラと歩むことができないのか。またすべてのカムパネルラのうち、誰とも永遠を歩けないのか。

そしてなぜカムパネルラは、どんな表情も言葉も残さず、ジョバンニの前から忽然と消えたのか。なぜ別れの描写がないのか。

 

小学校の頃、絶対的な孤独を味わっていた私は、番が欲しかった。若しくは魂の伴侶、あるいはシテとワキのような関係。永遠に添い遂げる、誰か。
探してもみつからない。本の中の主人公たちにそれを求めたけれど、永遠に添い遂げて、一緒に死んで終わるなんて、間の楔ぐらいだった。

年を経て、宮沢賢治の人となりを知る機会に恵まれた。宮沢賢治の心友と言われる、保阪嘉内という存在を知ったこと。また、個人の方が宮沢賢治を調べて、学生時代のお話を同人誌で出していたのを拝見し、人間としての宮沢賢治に俄然興味がわいた。

そして知った。中学生の時に友をなくしたこと。看護婦に恋したこと。心友にハレー彗星を教えてもらったこと。夜、山に登り心友とどこまでもみんなの幸いのために頑張ろうと銀河の誓いをしたこと、同人誌を作って主義主張をまとめたこと、心友の退学、卒業後、家業に反して、東京へ出て法華経を極めようとしたこと、それを心友に求め、絶縁したこと。学校の先生になったこと。本を出版しても売れなかったこと。妹が死んだこと。みんなの幸いのためにと農業を始めたこと。けれど人生はうまくいかなくて37歳で死んだこと。その2か月前に学生時代の友人が水の事故で死んだことなど。

宮沢賢治はある意味、挫折の人だったのだ。
共にいきたいと願った全ての人は、行く先(ゴール)が違い、誰とも道を同じにできない。
けれど、それを甘んじて受け入れた強い人でもあったのだ。そして、自分が求めるみんなの本当の幸いのために邁進したすごい人だったのだ。
そうでなければ、友人たちを投影した、理想の同行者たるカムパネルラとの別離を描き続けることなどできはしない。別離を思い出して身を切るような辛い思いをしようとはしない。

宮沢賢治のアザリア時代をテーマにイラストや漫画を描かれる方が、一貫してカムパネルラを下車させていたことはすごいとおっしゃっていた。
私は、物語の中でだけでもどこまでも一緒に行けばよかったのに、なぜそれをしなかったのかと思っていたから目から鱗だった。


さて、話を冒頭に戻そうと思う。
人は結局ひとりで生きていかねばならない。
永遠に添い遂げる魂の伴侶など、存在しない。
誰かのもどきに徹しても、その人が永遠に私のシテであるわけではない。
求めてもむなしいから、もうやめにしよう。それが私の答えだ。
けれどこう続く。
けれど、生きている間に、つかの間同じ道を歩む人がいるのなら、その人の幸いに至る道を手伝うことで、自分もみんなの本当の幸いのために歩むことができるなら、と。
そう願ってやまない。

私が出会う、全てのカムパネルラへ。
ひと時、同じ道を歩み、笑顔で別れることを約束したい。