紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

銀河鉄道の夜 にたいするこもごも

(これは一個人の妄想です)

銀河鉄道の夜で好きだったのは、ブルカニロ博士が出る第3稿だったが、
アザリアに触れるたび、最終稿こそ愛しいと思うようになった。

死んでしまった妹の魂の行方を求めて現実の列車に乗って北上したけれど、その行方を探すことのできなかった賢治は、銀河を南下する旅を物語で紡いだ。
妹の魂という目的に到達するために、同伴者を探した賢治は、ジョバンニにカムパネルラという存在を与える。
カムパネルラの正体は、今なお議論が続いているが、賢治の中学生時代の友人や、心友「保阪嘉内」などが複雑に混ざり合って生まれたのだと思う。そして誰もかれも、賢治と生涯伴走することがなかった人物である。

旅を導く、不思議な存在(ブルカニロ=ブルカン=神仏?)が幾たび関与しても、ジョバンニは一緒に旅する友を見失ってしまう。
それが当たり前なのだと、説得させられそうにもなる。

銀河の誓い、というものがある。
学生時代の賢治と嘉内が山に登り、みんなの本当の幸いのために働こうと誓ったとされる。賢治は、法華経を通じて、嘉内はハッピィキングダムと称する農村を通じて。
面白いのは、岩手から南下すると、法華経の総本山であり、嘉内の故郷である山梨にたどり着くが、賢治が久遠寺を目指し、嘉内が故郷に戻るなら、南下する旅も、嘉内が途中、韮崎で降り、賢治だけが久遠寺に到達しなければならないのだ。

そして一人になってしまうジョバンニ。
目が覚めると、川にカムパネルラが入ったことを知る。
カムパネルラのモデルと言われる「河本緑石」という、賢治の学生時代の友人がいる。
彼は、川でおぼれた同僚を助けるために川に入り、そして死ぬ。鮮やかなまでにカムパネルラの死と酷似している。
しかし、緑石の死を病床にいる賢治が知る由がなかったといわれ、この説が疑われていたが、最近の研究で、賢治の死が載る一号前の同窓会会報に緑石の死がその死にざまと一緒に記載されており、それを賢治が見ていたかもしれないという新しい見解が生まれた。

妹の魂の幸せを願う旅は、いつしか、人々の本当の幸いを願うたびに変わり、同伴者たるカムパネルラもさまざまな人々の面影を吸い込んで、変遷していく。

ルカニロが示唆した、沢山のカムパネルラを踏まえ、最終稿で、人を救うために命を落としたカムパネルラに至るとき、あー、もっと賢治関連の様々なバックグラウンドをかき集めて、この物語に至ったら、奥行き深くなるかもしれない。