紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

折口師弟と、春洋さんについて考える2019

折口信夫が同性愛者だったことは、藤無染や中学の同級生への恋心をつづった口ぶえ、伊勢清志さんへの態度、加藤守雄回想なんかで、わかるんですが、
果たして折口師弟にもブロマンス(はたぶんあったと思う)以上の(肉体的な)何かがあったかどうかは、実際のところ分からない。(折口信夫当人は、春洋氏を弟子とかわが子とか息子としてしか紹介していない)。
室生犀星が妻のようにとか書いているけれど、あの伝記を事実ではなく、物語としてみるなら、それもあやしいわけでして。
春洋氏は「自分は先生の犠牲だから」みたいなことを加藤氏にいうけれど、いったい何の犠牲だったのか、その言わんとするところは明らかになっていない。
で、同性愛でパートナーになるために養子縁組したという誤解も出回っていますが、多分第二次世界大戦がなければ、折口師弟は入籍していないと思うんですよ。
折口信夫は自分の代を一代でつぶす気満々だったし、でも、春洋氏が今度出征したら帰ってこられないかもしれないという状態になってはじめて、周りから説得されて、養子縁組に踏み切る。
折口信夫に何かあった時に、春洋氏が帰ってこれなかったときに、互いに何か残せるように、その保険としての養子縁組だったのではないかと思うのです。
大森氏や栢木氏の回想によると、折口信夫は春洋氏に自身のゆかりのある女性と結婚させようとしていた動きがあり、鈴木金太郎氏が家を出たように、春洋氏もまたいい年齢だったから、妻帯して、折口の家を出て、学問や歌で身を立てていくことを、させようとしていたかもしれないという(私の勝手な)推察があるわけでして。
だからなんというか、妻とか愛人という言葉に、最近疑問を持ち始め、息子とか、わが子とか、家族的な愛だったんじゃないかなぁと。思わんでもない。
でも私が春洋氏に食いついた理由が折口師弟のブロマンスなんですけれど。
ブロマンスがなくても、大森氏の資料に描かれた家族としての、折口師弟の在り方がいいなぁと思うし、もう正直、ブロマンスとかどうでもよくて、
ただ、春洋氏が硫黄島から生きて帰れなかったこと、それだけが悲しいと、最近思うわけです。はい。

何の話だろうか。

 

2019年3月14日追記。
このタイミングで発行されました

精選 折口信夫 第V巻 随想ほか・迢空詩編

精選 折口信夫 第V巻 随想ほか・迢空詩編

 

釈迢空の歌『近代悲傷集』抄に掲載された「青年」という歌があるのですが、

一部引用します

はるかなる遠世語りと

我が思ひ 今は旧りぬれーー。
愛しよと 我をいだきて
哭きしぞを 沁みてし 感ゆ。

その当時の潔き 青年ーー 

この青年が春洋さんだったら、ブロマンス以上を想像してしまうなぁと、思いました。

憶測だけいうと、まあ色々わからないなぁということだらけです。
はい。