紅宝石少年

ゆきやの読んだ本や行った場所を紹介する気ままブログ。ブログタイトル「紅宝石少年」は、大すきな漫画カストラチュラから。

駄文

長く、本当に長く私は彼にとらわれていた。
思春期、彼の話題が人と私をつなぐものであり、
学生になっても、大人になっても彼を思うことが
自分に生きる力をくれた
彼を愛している自分に多分酔っていたのだと思う
自身の抱える孤独を埋める代わりに

彼が死んだのは私が22歳の時だ
彼もまた22歳だった
特に生きる目的もなかった私は
死ぬことを夢想した
結果、体に傷をつけ、死ぬことはなかった
それからはうつうつとして過ごした
彼を失った春には桜が咲くころには
決まって精神を病み、周りを困惑させた
28歳になった時、
彼の代わりになる誰かに出会えるのではないかと夢想した
30歳になって彼を探しに四国を遍路した
それから少しずつ社会とかかわることをはじめ、大人になってからの知り合いが増えた
33歳になった時、出会えなかったから失うことはなかったけれど、
心の中では深く傷ついた
同時に、昭和を生きた彼の前世が始まった
3次元に彼が現れもした。
そして昨年、昭和を生きた彼の物語も見届け、今夏3次元の彼の生きざまも見届けた。
そして知ったのは、彼は死ぬべくして生きていたということ。
後付けの物語だったとしても、それがストンと心の中に降りてきて、
そう長くいきれなかったのに、その生を苛烈に燃やして最上をつかむためにあがき続けたそのことが、何よりも尊いと思った。
彼が生きてくれてよかったと思った。そして、悔いなく逝ったことを、知れて、本当に良かったと思った。
昭和を生きる彼を知らなければわからなかった想い。
もし、自殺していたら永久に知ることのなかった救いの物語。
だから、生きていたらいいことがあるって思ったんですよ。

これは私と仰木高耶という青年のちょっとした小話です。